はたらき方

ついに到来!?親の介護と、働き方を考える

自分らしい生き方・暮らし・働き方を絶賛実験中さとゆみです。(Facebookは知人の方のみ承認させていただいていますので、よろしければフォローお願いします!)

最近、周りの友人・知人から、両親の介護をしている人の話を聞くことが増えてきました。介護の実情と厳しさを聞く度に『そうだよなぁ。そろそろそういう事お年頃(両親・自分共に)だよなぁ。』と身に染みながら、概ね健康そのものの両親に感謝し、きたるその時に何を備えればいいか、ボンヤリと考えを巡らせておりました。

とは言え、まだまだ先の話。
「いつか」その時がきたら、考えよう。
「いつか」弟とじっくり両親の話をしよう。
「いつか」相続についての考え方なんかも、話をしよう。

そんな風に、両親が健康でいる事が「当たり前」の前提でいるので、優先度を上げる事のないまま、日々を過ごしてしまっていた訳です。

が、しかし!!!
ついに!!!
とうとう!!!
きましたよ、我が家族にも。

正直、家族のことを書くことに抵抗がない訳ではないのだけど、同じ境遇の人の参考に(少しでも)なればという思いと、自分の備忘録も兼ねて、書きます。

 

介護は突然やってくる。ある朝、母の鬱病が復活!

私の母は5年程前に、うつ病を患いました。それまで特に病気らしい病気もなく、心身共に、はじめての病と言ってもいいくらい。比較的昔から、強いトラウマを持っていて繰り返し聞かされていたため、「最初、繰り返す頻度が多いなぁ」と思うくらいで、うつ病と区別できませんでした。本人にしてみれば辛かったと思うので、今考えると、もっと早く気づいてあげられれば・・・と思うのですが、明らかな変化がないと、中々難しいんですね。。。

その後、診療内科が決まって通院してからは、みるみる回復していき、2年程の治療を経て3年前にはほぼ完治しました。

完治、した。
・・・ように、見えました。

・・・が!!!
母のうつ病は、8月のある日、突然復活するのです。
しかも、具合の悪いことに「私が原因」で。はぁ。

私の夢=母の心配のタネ。
2拠点生活 or 軽井沢移住なんて、「とんでもない」事??

私の周りには、起業してる人やフリーランスの友人・知人が結構います。

いつも新しい事に向かって、楽しそうに忙しくしてる人達。そういう人達に囲まれて、前向きでポジティブなエネルギーをもらったり考えに触れながら、自分も変化していく。それはすごく自然な事なんですね。だから、気づかなかったんですよねぇ。全く。
フリーランスは、ごく一部の特殊な人がする仕事と思う人達も存在するって事に。

そうとは知らず、とあるご縁で軽井沢の仕事のご縁を頂いて有頂天になった私は、自分とは違う常識・価値観で生活している人への配慮が至らないまま母に話をした結果、猛烈な誤解を生んでしまいました。その誤解は、偶然電話をしてきた叔母にも伝わる事で、出来の悪い伝言ゲームは、さらに加速・・・

自然

きっと、母や叔母の価値観には「今どきの働き方」や「今どきの仕事をする環境」は、あまりにも未知の世界すぎて。知らない世界=とんでもなく恐い事として変換されてしまい、娘の行く末の心配が限界を超えた母の心も、平常心の限界を超えてしまったようです。

母や叔母にしてみれば、娘(姪)の未来の苦労(では、ないんだけど。本当は!)を案じての事なんでしょうけど、私にしてみれば、言葉の通じない海外へ行く訳でもなければ莫大な投資をして無茶な事業をはじめる訳でもなく、ただ「軽井沢に行って、仕事をします」と言う話しが、何故かこんなに大騒ぎされて、母のうつ病の引き金になるという罪悪感を持つことになるとは、何とも腑に落ちない話しな訳で。

とは言え、目の前には心を患った母がいるのは事実で、そこから逃げるわけにもいかない訳で。はぁ。とりえあえず、自分の中の何とも言えないモヤっとした気持ちを抱えたまま、目の前にある問題に取り組まねば!というゾーンに突入します。

つづく。

ABOUT ME
さとゆみ@ベンチャー専任フリーランス
数年前に原因不明の大病を疑われたのを機に今後の生き方・暮らし・働き方を見直し、会社員歴15年以上にピリオドを打つ事を決意。 昨年末、ベンチャー企業の「猫の手」としてベンチャー専任フリーランスとして独立。 5年後に東京⇔軽井沢の2拠点生活が目標。ときどきワークショップ/珈琲ユニットKAFE TRIO