はたらき方

「好きなことを仕事にする」呪縛から解放されたら、自由になったよ。

こんばんは。
勉強ラウンジ担当&ワークショッププランナーのサトユミ(yumikosato_)です。

どうやら私、ずいぶん長いこと、自分の性質を勘違いしていたようです。
それが勘違いだと気づくまで、大分時間がかかりました。

少しだけ、子供の頃の話をさせてください。

子供の頃って、テレビを観るのは好きでしたか?
恐らく、ほとんどの子供はテレビ番組が好きだと思います。

子供の頃の私は
「テレビなんか見る時間がもったいない」と思ってました。ちょっとヤな子供だな。笑

そんなんだから、当然学校でもテレビの会話に全く入れなかったけど、全然気にならなかった。今なら何て子供だっ!!って自分に突っ込み入れるけど。じゃあ子供の頃何をして過ごしていたかと言うと、ひたすら絵を描くのが好きなスーパーマイペースな子でした。

自分の空想の中で生きて、
夢中になって絵を描いて、
本を読んで、
また空想する。
それが何にも変えがたい幸せ。

大人になっても当たり前のように絵を描く仕事をすると信じていたので、イラストレーターになるためにデザインスクールに通いました。そうやって物心ついた時から自分が夢中になることが中心にあったので、「将来自分が何をしたいかわからない」って言う人の気持ち、理解不能でした。

あああああっっっ!!!
こうして書いてみて思い出すだけで、幸せな気持ちが蘇ってくる!!

緑の女性
※25歳の時に友人とグループ展をした時の絵。今はもう、このテイストでは描けないかなぁ。

それなのに。それなのに、ですよ?
何故か25歳の時に、描きたいっていう気持ちが、パタッと消えてしまったんです。
特に理由もなく、本当に、パタッと。

それまでデザイン会社で楽しく仕事して、空いてる時間に絵を描いて個展したり、雑誌に公募したり、ちょっと挿絵描いてみる?みたいな声かけて頂いたりして、ちょうど入口に立てたなと感じた頃でした。

今までずっと「絵を描くこと」が「生きること」の中心にあったから、まさかその気持ちが自分の中から消失するなんて夢にも思わず愕然として、20代後半は「将来自分が何をしたいかわからない」という状態に見事にはまりました。

周りには、趣味と仕事をハッキリ分けて生き生き働いている人も沢山いたけど、私は仕事自体も「好き」な事しかしたくなかったので、割切って仕事するなんて出来なかったんですよね。

 

「自分でつくる」から「サポートする」側へ

その後、グラフィックデザイナーを経てディレクションする側となり、
自分自身で何かを創るよりもコミュニケーションを取りながら進める側の方が向いてると気づきました。

自分でやり続けたい事が見つからなくても、その人達をサポートする事はできるかも。
自分の経験が何か役に立つかもしれないなと、サポートする側へ意識がシフトしていきました。

そうやって自分が夢中になるものがある人達、好きな事を仕事にしようと頑張っている人達と一緒にいることで、私も喜びを一緒に味わうことができるのは、すごく嬉しい。

それでもきっと、私の中には夢中で絵を描いて過ごしたあの時期の、これさえあれば誰に何を言われても気にならない無敵の状態をまた味わいたい。それが自分にとって何なのかを追い求めていたんだと思います。

もしかしたら、私の周りにいる夢中になれるコトに今日も向かっている人達に、ある種の憧れを抱いていたのかもしれないです。

ペガサス

でもねぇ。気づいたんですよ、やっと。

私の原動力って
「今、これが好き!」
「今、これが楽しい!」
「今、興味があるのは、これ!」
と、
その時々の好奇心を満たすことだって。

それなのに、ひとつの事を追い続ける半ば職人を目指すのって、
自分の本当の性質(=コア)と真逆じゃーーーん!!!!笑

ということに。そう言えば、私、動物占いはペガサスなんですが、動物占いによるとペガサスって、とことん自由で、いつでも飛ぶことを考えているそうです。まんまです、はい。笑

これからはようやく、迷わずにペガサスの地のまま、
自由気ままに心のままに、生きていこうと思います(*´▽`*)

ABOUT ME
さとゆみ@ベンチャー専任フリーランス
数年前に原因不明の大病を疑われたのを機に今後の生き方・暮らし・働き方を見直し、会社員歴15年以上にピリオドを打つ事を決意。 昨年末、ベンチャー企業の「猫の手」としてベンチャー専任フリーランスとして独立。 5年後に東京⇔軽井沢の2拠点生活が目標。ときどきワークショップ/珈琲ユニットKAFE TRIO